お好み焼き

よく作る、得意料理はお好み焼きです。だいたい1人で食べます。
お好み焼きは、簡単に作れる上に、野菜も採れるので大変に便利です。
ほぼ、毎日のように作って食べます。
最初の頃は、お好み焼きを裏返すのに苦労していたのですが、今は簡単に出来るようになりました。また、分量を測るのも目分量で、その日の食べたいサイズを調整出来るようになりました。
マヨネーズと、お好みソースを掛けて食べます。かつお節もあれば、尚、美味しいのですが、かつお節は他の料理で頻繁に使用することもなく、いつまでも調味料の棚に残る可能性が高いので、あまり買いません。
使用する食材は、神奈川県海老名市のイオンスーパーで買います。
卵と、小麦粉、キャベツは必需品です。これなくしては、作ることが出来ません。
追加として、豆腐を買ったり、豚肉を買ったりします。肉類は高いのであまり買わないのですが、豚肉を入れたほうが美味しくなります。贅沢な味になって、満足度が上がります。
イオンのすぐ側に、スーパーダイエーもあるので、目立ちます。
どちらで買い物してもいいのですが、自分はイオンで買い慣れているので、そちらばかり利用しています。
お好み焼きはリーズナブルで、栄養満点な料理なので、お金をあまり掛けたくないときには重宝しています。


手相 井桁

私は一時期占いにとても凝っていた事があるのです。どうして占いに頼るようになったのかと言うと、自分に自信がなかったからです。
当時は仕事のミスが多く、職場の人間関係が悪くなる一方だったのです。最初に仕事の説明を受けた時に出来るだけ早く習得するようにしたかったのですが、ミスをして自己嫌悪に陥ったあげく自分の首を絞める事になりました。
そんな自分を変えたかったのですが、結局居心地が悪くなり、職場をやめてしまうことになりました。

その繰り返しでした。
最初のうちは友人達に相談をしていたのですが、余りにも似たような事が重なるため、転職の回数が増えると共に友人たちにも相談する事が出来なくなったのです。
自分でも不甲斐さでいっぱいだったものです。

占いに凝る前は少しでも仕事に役立てようと資格を取得したり、適職を求めてあらゆる業界について調べまくったりしたものですが、いくら調べてもその業界の企業に採用されなければ意味がない事を悟ったのです。
せめてもの慰めを得ようと、さまざまな占いを試してみました。
私の場合は占い師に占ってもらうまでもなく、インターネットで無料の占いサイトを検索して見る事にしました。

タロット占いや星占いはその日の運勢が毎日見られるが、パターンが決まっているうえ当たらない場合があります。
私は出来るだけ正確に自分の状況や改善策を探りたかったので、個人を特定出来る占いにしたかったのです。

それには手相占いが一番なのではないでしょうか。
まず参考にしたのは、お笑い芸人で本格的な手相占いでも知られている島田秀平さんのサイトです。
そのサイトは私の興味を引く手相の解説がたくさん掲載されていたのですが、今まで一度も聞いたことがない名前の線がある事が分かったのです。
私は基本的な手相占いは本で読んだ事があったので、生命線と知能線、感情線の特徴が分かっていました。この3つの線の他にも特徴がある線を知っておきたいものです。

数多くの手相の線の中で一番興味を持ったのは、感情線の小指よりの位置にくの字形にあるユーモア線です。
これまでの私は職場の仕事でいっぱいいっぱいでした。
職場の同僚や上司から気に入られるためには仕事が出来るようになるのはもちろん、ユーモアがないとだめだと思っていたのです。
この線を持っていれば、仕事が出来た暁に面白い人としても評価を得る事が出来るらしいです。
私は自分にユーモア線がないかどうか手のひらを確認してみたら、意外にも2本ほどあったのす。
この線がある人の代表は明石家さんまさんだが、さんまさんの場合はユーモア線が6本もあるので、お笑い芸人が天職だと言えるでしょう。その次に見たのはカリスマ線です。

この線は手の親指側のふくらみにあって、手首の側から上に向かって伸びている短い線だといいます。
もう一つ参考にしたテソペディアというサイトによると、この線と間違えやすいのは陰徳線と言って、人を陰で支える役割をしている人に多いそうです。
私にはカリスマ線と陰徳線の両方ある事がわかりました。他にはスクエアという井という形に似た線。この線は災難から身を保護する役目があるらしいです。

生命線は長いがスタミナ不足で疲れやすいという結果になったので、無理をしなければ細く長く生きられるという事なのでしょう。
生命線の先に支線が合流しているのは転勤や転校が多かったりして、一つの所に留まらないという意味なので、これは当たっていると思いました。
頭脳線の先が二股に分かれているのは物事に対する決断力が不足しがちである反面、仕事が成功しやすいか器用な性分だという事です。
全部を総合してみると転職が多いのとへこたれやすい所が合っています。ユーモアに関しては人並みだが、カリスマ線と陰徳線の両方があるのはひっかかります。

カリスマはどう考えてもリーダー的存在で、陰徳と真逆だからです。
真逆の意味をあらわす線が両方あるのは何故なのか自分なりに考えてみたら、実は両方ともなってみたかったが、未だにどちらになるか決めかねているのではないか?という結論に達しました。
カリスマ線に関しては手相になるように行動した覚えもないので、全く検討がつかないです。
好きな分野に挑戦してみた時に得意な事が明確になれば、人間関係も改善の兆しが見えるのかもしれないですね。
次回同じような状況になった時も手相をやってみて、どちらかの線がはっきりしているのか楽しみにしてみようと思っています。
良い占い師はカウンセラーとしての才能と、興味を持たせるためのプロローグをかける人でなければならないのではないでしょうか。

この人なんか最高です!

ヴェルニ 神楽


札幌をドライブ

広大な北海道、道路の幅は広く地平線の遥か彼方まで見渡せる景色、確かにそのような場所もあります。
ご存知の通り北海道は広く全てを紹介させていただくには書ききれませんので、北海道の中でも札幌市周辺の道路事情についてお話しさせていただきます。

札幌市周辺の主要な幹線道路となっている国道は3つあります。
・国道5号線
札幌市を南北に走り小樽へと向かいます。
小樽を抜けた後はワインの名産地で『ヤンキー母校に帰る』の舞台にもなった余市、その後は夏場のアクティビティと冬場のスキーで有名なニセコを抜けて函館に向かいます。
・国道12号線
こちらも札幌市を南北に走りますが、最終目的地は旭川になります。
旭川に向かう途中には焼き鳥の美味しい美唄市に立ち寄ることもできますよ。
・国道36号線
この道路は札幌市を東西に走る道路になります。
最終目的地は工場の夜景が見られる室蘭になります。
非常に重要な道路で新千歳空港のある千歳市、フェリーの乗り降りの港がある苫小牧市を経由しており、物流と人の移動に欠かせない道路です。
いずれの道路も北海道の道路事情に漏れることなく片側2車線以上で、右左折の多い交差点は右左折専用のレーンがあり3車線になります。

残念ながら北海道と他の都道府県は道路では繋がっていません。
代わりに北海道には支庁・地方と呼ばれる大きさが都道府県と同じ地域で分けられています。
札幌市は石狩地方に含まれます。
国道5号線は石狩地方と函館市のある渡島地方、国道12号線は石狩地方と旭川市の上川地方、国道36号線は石狩地方と室蘭市のある胆振地方をそれぞれ結んでいます。

札幌市周辺の高速道路は2つあります。
・札樽自動車道
北海道を東西に走る高速道路の一部区間で小樽市から札幌市を結ぶ道路です。
・道央自動車道
こちらは北海道を南北に走る高速道路で主要都市では函館市から札幌市を経由して旭川市を結んでいます。

札幌市周辺の高速道路のサービスエリアでは輪厚サービスエリアが一昨年に改装されました。
食事のメニューやお土産の種類が充実しており、札幌市中心部からは一般道から札樽自動車道に乗り入れ30分程度で行くことができます。

過酷な冬の道路事情がある北海道ですが,夏場はほとんど渋滞とは無縁、郊外に行けば車でどこまでも行くことができます。
次にお越しの際には夏場フェリーで来られることをお勧めしますよ。
長距離運転の好きなドライバーさんには天国と言えます。

そして、そんな私ですが、すすきののラーメン店でトウモロコシがたっぷり入ったラーメンを食べた後、南3条にあるスガイディノスに行きました。

目的は、これです。

http://xn--ecktbzbye0ds995a9oaf18c.com/

大好きな炭水化物が、たっぷり入ったラーメンともしばらくお別れになります。


北海道に住んでいた子供の頃の私の思い出

私は現在は神奈川県に住んでいますが、かつては北海道に暮らしていました。父の転勤の関係で、13歳のときに神奈川に来ました。
父は某大手食品会社の正社員で、母は一時期働いていましたが基本的に専業主婦、そして、3歳年下の弟がいます。
母は働きに出ている時もあり、事務員をしていたり、ちょっと変わった仕事では、「浜」で仕事をしているときもありました。道東でありサロマ湖に近いところに住んでいたので、漁業のお手伝いですね。
町は、人口が3千人くらいの小さな町村です。酪農が一番大きな産業の、北海道らしい田舎町でした。
北海道に住んでいたのは中学1年生までの話で、その後神奈川に父の転勤で移り住みましたが、人口が50倍以上も違う都会に突然出てきたのと、荒れ気味だった転勤先の中学校に馴染めず、北海道人ということで珍しがる生徒にからかわれたりして人間不信になり、結局、大学卒業までいじめや村八分を繰り返す惨めな青春を送る羽目になりました。
しかし、北海道にいたころは非常に環境もよくて楽しく、小学校5年生、6年生のときが私の青春の絶頂でした。
当時、小学校は金曜午後が「クラブ活動」に充てられており、私と親しい友人数名で「化学クラブ」というクラブに入っていました。
電気や化学反応などでの実験をする部で、色々と面白い経験をしました。
また、当時は子供文化が非常に隆盛であり、スーパーファミコンが大流行し、友達同士でストリートファイター2の大戦をしたり、ファイナルファンタジー6やマザー2などを語ったり、BB戦士やガンダムのプラモデルで遊んだりなど、田舎ながら非常にカルチャーの面で栄えていました。

また、道東の小さな町なので自然も多く、サイクリングをしたり、釣りをしたりしました。冬は特に楽しくて、毎週のように町営のスキー場で滑ったり、当時はバブル期であり、冬休みなどに占冠村にある「トマムリゾート」に4泊5日くらいの泊りがけで、家族と父の会社の同僚とスキー旅行に行ったりしていました。
当時は私に非常に理解の深い友人もいて、彼とは深く親交しました。頭のいい珍しい子で、マーフィーの法則などを語ったりしたのをよく覚えています。釣り好きなので、よく町の外れの川へ釣りに行きました。覚えていることでは、イワナを釣ってそのまま解体してバーナーで焼いて食べたり、川に、明らかにクマがやったと思われる鮭の食いかけが放置されていたり…野生のすぐそばで生活していましたね(笑)その友人とは今は音信不通ですが、Facebookで時々見かけ、介護関係の会社を立ち上げて運営しているようです。でも遠いし彼も忙しそうなので、再び会うのは難しいでしょうね…。
また、その友人とは違うグループなのですが、母が、私の同年代の児童の母と「ママ友」で繋がっていて、そのグループの子たちの誕生日になるとみんなで集まって誕生日パーティをしたりしていました。

最近、そのママ友の一人が亡くなりました。しかしそれをきっかけにママ友の親交が再び復活し、神奈川の中部の市と、北海道道東の小さな町と大きな環境の違いはあるものの、交流が盛んになっています。一回ママ友2人がこちらに遊びに来ました。
また、夏休みや冬休みには、札幌近辺の本家へと帰省し(本家のほうが都会なのがちょっと変わってますね)、従兄弟とたくさん遊びました。従兄弟はとても面白い人で、また都会的でもあり、彼には多くのものを学びました。弟、従兄弟、そして私で札幌で遊んだ思い出は今でも宝物ですね。
今では私も30代中盤になり、北海道に最後に帰省したのは、祖父が亡くなったもう10年前です。
今は祖母に会うためにいったん北海道に帰る話が持ち上がっているので、近々帰るかもしれません。
従兄弟も札幌の人なので、できたら従兄弟にも会えたら、と思っています!
なお今は神奈川にも友達がたくさんいて、寂しい思いは全くしていません。
神奈川の地元と生まれ故郷である北海道、どちらも大切にして生きていきたいと思います。